使用済み穀物が牛の餌に?ビール造りの裏側にあるサステナブルな挑戦

使用済み穀物が牛の餌に?ビール造りの裏側にあるサステナブルな挑戦

テネシー州で、ビール醸造で使い終えた麦芽かすを農家に寄付するブルワリーに対し、税金を優遇する法案が議会委員会を通過しました。この「Brews to Barns(醸造所から納屋へ)」と名付けられた動きは、単なる一地域のニュースではありません。これは、クラフトビール業界全体で加速する「サステナビリティ(持続可能性)」という大きな潮流を象徴する出来事なのです。ホップの華やかな香りに魅了される私たちですが、その一杯が生まれる背景には、環境や地域と共生しようとするブルワーたちの地道な努力があります。この記事では、ビールの未来を左右するサステナビリティの最前線を、ホップの視点も交えながら解き明かしていきます。

「Brews to Barns」が示す、廃棄物ゼロへの道

ビール醸造のプロセスでは、麦芽(モルト)をお湯に浸して糖分を抽出します。その後に残るのが、麦芽かす、通称「スペントグレイン(Spent Grain)」です。ビール1,000リットルを造るのに、約200kgものスペントグレインが発生すると言われています。これらは産業廃棄物として処理されればただのゴミですが、実は食物繊維やタンパク質を豊富に含む栄養価の高い資源。まさに宝の山なのです。

アメリカのブルワーズ・アソシエーションが報じたテネシー州の取り組みは、この点に着目した画期的な試みです。

テネシー州では、州の下院・上院委員会が『Brews to Barns』法案を推進しました。これは、醸造で使用した後の穀物を農家に寄付するブルワリーに対して、物品税の控除を与えるものです。(Brewers Association, "Tennessee Brews to Barns Bills Advance through Committees")

ブルワリーは廃棄コストを削減でき、農家は栄養価の高い家畜飼料を安価に手に入れられる。そして地域全体で資源が循環する。まさに三方よしの関係が生まれるわけです。この動きは、ビールの副産物をどう捉え直すかという問いを私たちに投げかけます。

実は、ホップの世界でも同様の課題が存在します。特にIPA(インディア・ペールエール)などで大量のホップを投入する「ドライホッピング」の後には、ホップの「かす」が大量に残ります。これらもスペントグレイン同様、堆肥化して畑に戻したり、アロマを抽出して別の製品に活用したりと、再利用の模索が始まっています。廃棄物を価値ある資源へと転換する知恵こそ、現代のビール造りに求められる新たなクラフトマンシップなのかもしれません。

ホップにも「テロワール」の波。GABFが注目するローカルの価値

サステナビリティの潮流は、もう一つの重要なキーワード「ローカリティ(地域性)」と深く結びついています。その象徴的な出来事が、アメリカ最大のビール品評会で起ころうとしています。

ブルワーズ・アソシエーション(Brewers Association)は、2026年のグレート・アメリカン・ビア・フェスティバル(GABF)において、クラフトモルトで醸造されたビールに特化した特別な一回限りのカテゴリーを設けることを決定しました。(Brewers Association, "New GABF Category Puts Craft Malt in the Spotlight")

クラフトモルトとは、小規模な製麦業者(モルトスター)が地域の穀物を使って手掛ける麦芽のこと。GABFがこれに光を当てるのは、ビールのアイデンティティが、もはや輸入された画一的な原料だけでは語れなくなったことの証左です。

この流れは、ホップの世界でより顕著だと言えます。かつてホップといえばアメリカ北西部やドイツが世界の中心でしたが、今や日本国内でも北海道や東北だけでなく、山梨、長野、広島など、全国各地で小規模なホップ栽培が根付き始めています。こうした「ローカルホップ」は、ワインにおける「テロワール(土地の個性)」のように、その土地ならではの気候や土壌を反映した唯一無二の香味をビールにもたらします。

地域のブルワリーが、すぐそばの畑で穫れたばかりのフレッシュなホップでビールを醸造する。それは輸送エネルギーの削減という環境負荷低減に留まりません。ブルワーと農家が顔の見える関係を築き、その土地の物語を一杯のビールに溶け込ませるという、新しい価値創造の試みなのです。

一杯のビールの裏側にある、ブルワリー経営のリアルな課題

サステナビリティやローカリティは、クラフトビール業界が目指すべき美しい理想です。しかし、その理想を追求するブルワリーの足元には、極めて現実的な経営課題が横たわっています。意外なところでは、こんな問題も。

もしあなたのブルワリーで音楽を流しているなら、公演ライセンスが必要です。どのライセンスが必要かを判断するのは複雑で、費用もすぐに高額になり得ます。(Brewers Association, "Music Licensing Is Getting More Complicated. Here's Where Things Stand.")

タップルームで心地よい音楽を聴きながらビールを楽しむ。私たちにとっては当たり前の体験ですが、その裏側でブルワリーは複雑な著作権料の支払いに頭を悩ませているかもしれません。これは、ブルワリー経営がいかに多岐にわたる課題に直面しているかを示す氷山の一角です。

ホップの調達もその一つ。人気のシトラやモザイクといった希少ホップは、天候不順や世界的な需要増で価格が高騰し、小規模ブルワリーの経営を圧迫することがあります。理想のビールを造るために最高のホップを使いたい。でも、コストを考えなければならない。このジレンマは、多くのブルワーが日々直面している現実です。

サステナブルな取り組みも、初期投資が必要な場合があります。スペントグレインを再利用する設備や、省エネ効果の高い醸造システムを導入するには資金がいる。理想を追い求める情熱と、経営を維持する冷静な判断。その両輪があって初めて、ブルワリーは走り続けることができるのです。

「おいしい」の先へ。私たちがビールを選ぶということ

これまで見てきたように、クラフトビールの世界は、ホップの品種やビアスタイルといったグラスの中の出来事だけで完結するものではなくなりました。その一杯の背景には、環境への配慮、地域社会との連携、そしてブルワーたちの経営努力といった、複雑で豊かな物語が広がっています。

私たちが次にビールを選ぶとき、その選択基準は少し変わるかもしれません。目の前のビールが、どこで、誰が、どんな想いで造ったものなのか。使われているホップや麦芽は、この土地とどんな繋がりがあるのか。そして、そのブルワリーは、廃棄物をどう扱っているのか。

こうした問いを持つことは、ビールの楽しみ方を一層深く、多層的なものにしてくれます。サステナビリティやローカリティを意識したブルワリーを応援することは、単なる消費行動ではありません。それは、私たちがどんな未来のビール文化を望むかを示す、静かで力強い意思表示なのです。

次にあなたがパイントグラスを手に取るとき、その黄金色の液体に溶け込んでいる物語に、少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょう。きっと、いつもとは違う格別な味わいがそこにあるはずです。

この記事は信頼性の高い情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。

よくある質問

ビール造りで出る「使用済み穀物(スペントグレイン)」って何ですか?
ビールの原料である麦芽から糖分を抽出した後の残りかすのことです。食物繊維やタンパク質が豊富なため、家畜の飼料やパンなどの食品、さらにはバイオマスエネルギーとして再利用されています。
ローカルホップを使うと、ビールの味はどう変わるのですか?
栽培された土地の気候や土壌(テロワール)がホップの香りに影響を与え、その地域ならではのユニークなフレーバーを生み出します。収穫から使用までの時間が短いため、よりフレッシュなアロマを楽しめるのも魅力です。
サステナブルなビールを選ぶには、どうすればいいですか?
ブルワリーの公式サイトやSNSで、使用済み穀物の再利用や地元産原料へのこだわりなどを発信しているかチェックしてみましょう。ラベルに環境配慮に関する認証マークや情報が記載されていることもあります。

出典

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