ホップの本、1967年の衝撃。絶版の名著から知識を掘り起こす

ホップの本、1967年の衝撃。絶版の名著から知識を掘り起こす

1967年に出版されたホップ栽培の専門書には「ホップはクワ科に属する」と、はっきりと記されています。もちろんこれは間違いではなく、当時の植物分類学における定説でした。現代のAPG分類体系ではアサ科とされるホップですが、この一文だけでも、半世紀以上の時を経て科学的知見がいかに更新されてきたかが分かります。インターネットで断片的な情報を得ることは容易な時代。しかし、こうした知識の変遷や体系的な理解を追い求めるならば、書籍に勝るものはありません。この記事では、絶版となった歴史的な一冊から、現代ブルワー必携のバイブルまで、あなたのビールへの探求心を刺激するホップの本の世界を深く掘り下げていきます。

半世紀前の絶版書『ホップ 多収栽培の新技術』が今もなお価値ある理由

1967年、農山漁村文化協会から刊行された『特産シリーズ ホップ 多収栽培の新技術』。著者は当時サッポロビールの長野作業所長であり、後に農学博士となる浜口典成氏です。この本は、日本のホップ栽培技術を体系的にまとめた、当時としては極めて専門的な内容でした。

現在では絶版となり、古書店でもめったに見かけることのない希少な一冊。しかし、幸いにもいくつかの大学図書館には所蔵されており、その内容に触れることができます。もちろん、紹介されている品種は信州早生などが中心で、栽培地も信州以北に限られるなど、現代のクラフトビールシーンとは隔たりがあるのも事実。前述の通り、ホップがクワ科として紹介されている点も、時代の流れを感じさせます。

では、この本は単なる歴史的資料に過ぎないのでしょうか。決してそんなことはありません。著者の浜口氏はまえがきでこう述べています。「ホップそのものの性質にはどの地域でもまったく変わりがない」「初心者にも出来るだけわかりやすく述べ、その応用について示唆した」。その言葉通り、本書で解説されるホップの成長サイクル、土壌管理、病害虫対策といった植物生理学に基づいた基礎知識は、驚くほど現代にも通じる普遍性を持っています。なぜこの時期に剪定が必要なのか、どのような栄養素が毬花の成長に寄与するのか。その「なぜ?」に答える原理原則が、ここには詰まっているのです。最新のアメリカンホップを扱う現代のブルワーにとっても、その根底にある植物としてのホップを理解する上で、計り知れない価値がこの古書には眠っています。

物語としてホップを味わう『ビールとホップ 苦悩と栄光の歴史』

『多収栽培の新技術』が出版された翌年の1968年、今度は徳間書店から『ビールとホップ 苦悩と栄光の歴史』が世に出ました。著者は北島親氏。こちらも残念ながら絶版となっており、入手は困難を極めます。

この本がユニークなのは、技術書ではなく、ホップとビールを巡る壮大な「歴史物語」である点です。ホップがビールの防腐剤として、そして香味付けの主役として定着するまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。グルートと呼ばれるハーブブレンドとの競争、宗教や政治との関わり、そして栽培技術の革新。そうした幾多の苦悩と栄光のドラマを知ることで、私たちの手の中にある一杯のIPAが、また違った輝きを放ち始めます。

単に「このホップは柑橘系の香り」と知るだけでなく、「なぜこのホップがこれほどまでに重宝されるようになったのか」という文化的・歴史的背景を理解すること。それは、ビールの楽しみを二次元から三次元へと引き上げる、知的な冒険と言えるでしょう。データやスペックだけでは語れないホップの魅力を、この本は教えてくれるのです。

遂に邦訳!ブルワーのバイブル『ザ・ホップ』の衝撃

時代は下り、2012年。アメリカで一冊の本が出版され、世界中のブルワーに衝撃を与えました。『For the Love of Hops』。著者は、ビールジャーナリズムの第一人者であるスタン・ヒロニムス氏。そして2023年、待望の日本語版『ザ・ホップ』(株式会社G.B.)が刊行され、日本のビール愛好家もその深淵な知識にアクセスできるようになったのです。

この本が「バイブル」と称されるのには理由があります。それは、ホップに関するあらゆる情報を、科学的根拠に基づいて網羅的に解説しているからに他なりません。アルファ酸やベータ酸といった苦味成分の化学から、ミルセン、フムレン、リナロールといった多様なアロマを生み出す精油の複雑な相互作用、さらにはサバイバブル(Survivables)と呼ばれる、発酵後もビールに残りやすい香り成分の概念まで。現代のホップ科学の到達点が、ここに凝縮されています。

それだけではありません。世界のホップ品種の系譜、栽培と加工の最新技術、そしてHazy IPAの爆発的な香りを生み出すドライホッピングのテクニックに至るまで、その記述は具体的かつ実践的。プロの醸造家がレシピを組む際の思考プロセスを追体験できるほどの情報量です。古い書籍がホップの「過去」と「原理」を教えてくれるなら、『ザ・ホップ』はホップの「現在」と「未来」を指し示してくれる羅針盤なのです。

書籍から広がる、現代クラフトビールの世界

ここまで紹介してきた書籍で得られる体系的な知識は、現代の複雑で多様なクラフトビールシーンを読み解くための「解像度」を劇的に上げてくれます。それはまるで、モノクロだった景色が、豊かな色彩を帯びて見え始めるかのようです。

例えば、毎年開催される世界最高峰のビールコンペティション「World Beer Cup®」では、2026年大会で世界中から353ものメダルが授与されました。そこで評価される革新的なビールの背景には、何があるのでしょうか。それは、『ザ・ホップ』で語られるような最新のホップ科学と、『ビールとホップ』が描いた歴史の積み重ねに他なりません。書籍で学んだ知識は、審査員がなぜそのビールを評価したのかを推察する強力な武器となるのです。

また、メイン州のAllagash Brewingのように、SNSを駆使してファンと巧みにコミュニケーションをとるブルワリーも増えています。彼らが発信するリアルタイムな情報は、ビールの今を知る上で欠かせません。しかし、その断片的な情報を正しく理解し、自分の知識体系に位置付けるためには、書籍で培った「幹」となる知識が不可欠。古い本で原理を学び、新しい本で科学を知り、そしてSNSでトレンドを追う。これらを組み合わせることで、私たちのホップへの探求は、さらに面白く、奥深いものになるでしょう。知識の旅に、終わりはありません。

この記事は信頼性の高い情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。

よくある質問

なぜ古いホップの本を読む意味があるのですか?
記載されている情報は古くても、ホップの基本的な性質や栽培の原理原則には普遍的な価値があります。また、歴史的背景を知ることで、現代の技術がどのように発展してきたかを理解する貴重な手がかりになります。
現代のホップ事情を学ぶなら、まずどの本がおすすめですか?
スタン・ヒロニムス著の『ザ・ホップ』が最適です。ホップの化学、栽培、最新の醸造技術までを網羅した決定版で、世界中のプロのブルワーにも読まれているバイブル的な一冊と評価されています。
書籍以外でホップの知識を深める方法はありますか?
ブルワリーが発信するSNSやブログ、ポッドキャストは最新のトレンドや現場の情報を得るのに役立ちます。また、World Beer Cupのようなコンペの結果を分析することで、世界で評価されるホップの傾向を知ることもできます。

出典

ホップ歴史醸造ザ・ホップ