Citraホップ11,994エーカー:米国生産統計を読む
2021年、ワシントン州で作付けされたCitra(シトラ)の圃場面積は11,994エーカー。実際に収穫されたのは11,981エーカーで、差はわずか13エーカー(-0.10%)だった。農業の世界でここまで作付けと収穫が一致する品種はほぼ存在しない。この数字一つが、Citraというホップ品種の市場での立ち位置をすべて物語っている。
米国農務省(USDA)が毎年発表するホップ生産レポートは、クラフトビール産業の現状を映す最良の鏡だ。ただし、このレポートを正確に読むには、いくつかの専門用語の違いを理解しておく必要がある。そして、ブルワリーで使われる流通単位「ケグ」の数字と組み合わせることで、ホップが畑から一杯のビールになるまでのサプライチェーン全体が初めて見えてくる。
ワシントン・オレゴン・アイダホ:米国ホップ生産三角地帯の2022年
世界最大のホップ生産国・米国において、生産量の大部分を占めるのが太平洋岸北西部の3州だ。ワシントン州、オレゴン州、アイダホ州で形成される「ホップベルト」は、北緯45〜48度帯の長日照と山脈からの冷涼な乾燥気候を活かし、世界のホップ需要を支えている。
2022年のUSDAレポートによれば、米国全体のホップ総作付面積は前年比で1.6%減少した。州別に見ると、最大産地のワシントン州と第3位のアイダホ州がそれぞれ3%減。対してオレゴン州は9%増を記録している。
「ワシントンが減り、オレゴンが増えた」という対照的な動きは、天候の差だけでは説明がつかない。各州が強みを持つ品種群は異なり、市場からの需要変化が作付け判断に直結する傾向があるためだ。
「作付面積」と「収穫面積」——2種類の数字がずれる理由
USDAのホップ統計で必ず出てくる二つの指標が、「作付面積(strung acres)」と「収穫面積(acres harvested)」だ。
作付面積とは、その年に収穫する予定でツルを誘引するためのワイヤー(string)が張られた圃場の面積を指す。収穫面積は、実際に収穫が完了した面積だ。2022年のレポートが用いるのはstrung acres、2021年のデータはacres harvestedという形で、比較年によって指標が切り替わるケースがある。
Beer Maverickが指摘するように、「作付けされたホップの量が、その年の後半に収穫される量よりも多くなることがあります。これは、害虫の被害、気候変動、そして植物の樹齢などが原因です。」ホップは多年生植物で、定植後2〜3年は収量が安定しない。春に圃場を準備した後、アブラムシやダニ類が大発生すれば収穫を断念する区画も出てくる。
実際に市場に出回るホップ量は収穫面積で決まる。作付面積だけを見て仕入れ量を読むと、実態を大きく外す可能性がある。ブルワーが生産統計を追う際は、この二つの数字のどちらが使われているかを必ず確認したい。
Citraの-0.10%が示す品種マネジメントの到達点
冒頭のCitraの数字——作付けと収穫の乖離がわずか-0.10%——は、業界水準から見ると驚異的だ。
Citraは2007年に品種登録された比較的新しいホップで、アルファ酸11〜13%・ベータ酸3.5〜4.5%という数値に加え、シトラス・トロピカル系の強烈な香りが特徴だ。ヘイジーIPA、ウェストコーストIPA、フルーティーエールとの相性が抜群で、市場投入直後から米国全土のクラフトブルワリーに採用された。今では世界各地のブルワリーが使用している。
この品種が長期契約(フォワードコントラクト)で取引される割合は高く、ブルワリーが数シーズン先の分を事前確保するのが一般的だ。需要が供給を上回り続けているため、農家は販路が保証された状態で圃場管理に最大のリソースを投入できる。病害虫対策、適切な灌漑、収穫タイミングの最適化——その積み重ねが-0.10%という数字として統計に記録される。
対照的に、需要が落ち込んだ品種は収穫を途中で打ち切ることもある。作付けはしたが収穫しなかった区画が増えるほど、レポート上の乖離率は拡大する。品種ごとの乖離率を比較することで、市場の「勝ち品種」と「負け品種」を見極める補助指標として活用できる。
ハーフバレルからシクステルまで:ケグ規格の使い分け
醸造されたビールがブルワリーを出るとき、その多くは「ケグ(keg)」と呼ばれるステンレス製の密閉容器に充填されてバーやレストランに届く。アメリカのケグはヤード・ポンド法に基づくサイズ体系を持ち、最もよく使われる3規格を知っておくとブルワリーの流通感覚がつかみやすい。
最大サイズの**1/2 Barrel(ハーフバレル)**は15.5ガロン(約58.7リットル)で、USパイント(16オンス)換算で124杯分のビールが入る。一般的なバーのタップシステムに接続する標準サイズで、業務用として最も広く流通している。
**1/4 Barrel(クォーターバレル)は7.75ガロン(約29.3リットル)で62杯分。新ブランドの試験導入や、タップラインナップが多い店舗での運用に選ばれることが多い。最小の1/6 Barrel(シクステル)**は5.16ガロン(約19.5リットル)で41杯分で、クラフトブルワリーがビアフェスのイベント出展や限定タップに使うケースが多い。
なぜこのサイズ知識がホップの理解につながるのか。ブルワリーが1ケグ分のビールを仕込む際に必要なホップ量はスタイルによって大きく変わる。セッションIPAであれば1/2バレル(58.7L)当たり500g前後、ダブルIPAやヘイジーIPAでは1kg超に達することも珍しくない。農業の「エーカー」と飲食店の「ケグ」の間に、醸造の「グラム」が介在している。
農場の数字とグラスの数字をつなぐ視点
Citraの11,994エーカーが何杯のビールを生むのかを一本の計算式で示すことはできない。エーカーあたりの収量(品種・産地・年によって異なる)、スタイルごとのホップ使用量、流通ロス率——複数の変数が絡み合うからだ。
しかし、USDAのレポートを定期的に追うことで、ホップ市場の大きな流れが先読みできる。主要産地で作付面積が急増した品種はスポット市場の価格が翌シーズンに下落しやすく、面積が絞られた品種は契約交渉で値上がりしやすい。醸造計画の中長期ロードマップを描くブルワーにとって、この統計は実務に直結するデータだ。
畑で何が起きているかを知ることが、グラスの中に何を注ぐかを決める力になる。
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出典
- Beer Maverick, "USDA Releases 2022 Hop Planting Report": The 2022 numbers are “strung acres”, while the 2021 column shows “acres harvested”. These are obviously different because the amount of hops planted (i.e. strung) will sometimes be higher than what was eventually harvested later in the year due to insect damage, climate changes, and the age of the plants.
- Beer Maverick, "Beer Volume Conversions": Keg Size(ハーフバレル、クォーターバレル、シクステル等)と、それぞれの容量(ガロン、オンス)、及び提供できる杯数(16ozパイント換算)に関するデータ。