Murakami Sevenの香りはなぜ特別?国産ホップとビタリングの科学

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キリンホールディングスの育種ポートフォリオ、その7番目の試験株。これが、後に日本のクラフトビールシーンを彩ることになる「Murakami Seven」の始まりである。2019年に品種登録されたこの国産ホップは、いちじくやココナッツを思わせる他に類を見ない香りでブルワーを魅了する一方、7〜10%という十分なアルファ酸を持つ。この記事では、Murakami Sevenの全貌を解き明かすとともに、その特性からホップの根源的な役割である「ビタリング」の科学に深く迫っていく。

7番目の株から生まれた国産アロマ、Murakami Sevenの誕生秘話

Murakami Sevenの物語は、一人の育種家の情熱から始まる。キリンホールディングスで長年ホップ育種に携わってきた村上敦司氏。彼が日本の気候風土に適応し、かつ世界に通用するユニークなアロマを持つホップを求めて交配を繰り返す中で、一つの運命的な株と出会う。それが、日本産品種「かいこがね」を母、「ゴールデンホップ」を父として交配された、7番目の試験個体だったのだ。

この株が示すポテンシャルは、当初から際立っていた。力強い生育力と、何よりも従来のホップの概念を覆すような複雑で魅力的なアロマ。数多の候補の中から選抜され、長い試験栽培期間を経て、2019年、開発者の名を冠した「Murakami Seven」として正式に品種登録された。岩手県遠野市を中心に栽培され、その希少性と唯一無二の個性から、今や国内外のトップブルワーたちがこぞって求める、日本を代表するホップの一つとなったのである。

いちじく、ココナッツ、そしてウッディ。他に類を見ない香りの正体

Murakami Sevenを最も特徴づけるのは、その驚くほど多層的なアロマプロファイルだ。栓を開けた瞬間に広がるのは、完熟したいちじくやマスカットのような甘くフルーティな香り。続いて、ココナッツミルクを思わせるクリーミーなニュアンスが顔を覗かせ、奥にはディルのような爽やかなハーブ感や、ヒノキを彷彿とさせるウッディなトーンが静かに佇む。これほど多様な香りが一つのホップに共存している例は、世界広しといえども稀有な存在だ。

この複雑な香りは、特にIPA(インディア・ペールエール)やペールエールといった、ホップのアロマを前面に押し出すスタイルでその真価を発揮する。醸造家は、このユニークな個性を活かすため、煮沸終了後のワールプールや、発酵後のドライホッピングといった手法でMurakami Sevenを大量に投入する。その結果生まれるビールは、他のどんなホップでも再現不可能な、まさに「Murakami Sevenの味」となる。柑橘やトロピカルフルーツが主流のアロマホップ市場において、この和の要素を感じさせる香りは、ビールに新たな表現の可能性をもたらした。

アルファ酸7-10%、Murakami Sevenはビタリングに使えるのか?

華やかなアロマに注目が集まりがちなMurakami Sevenだが、その醸造特性を数字で見てみると、また別の側面が浮かび上がる。アルファ酸含有量は7.0〜10.0%、ベータ酸は6.0〜8.0%と比較的高く、苦味の質に影響するとされるコフムロン比率も21〜25%と標準的な範囲に収まる。これは、アロマホップとしてだけでなく、ビールの骨格となる苦味を付ける「ビタリングホップ」としても機能しうるポテンシャルを秘めていることを意味する。

このような苦味と香りの両方を担えるホップは「デュアルパーパスホップ」と呼ばれる。しかし、Murakami Sevenの希少性と高価なアロマ成分を考えると、煮沸初期のビタリングに使うのは贅沢な選択と言えるかもしれない。だが、もしシングルホップ(一種類のホップのみを使用する)でビールを造るなら、その選択は俄然、現実味を帯びてくる。ビタリング、フレーバー、アロマの全てをMurakami Sevenで構築したビール。それは、ホップの持つ多面性を余すことなく表現する、究極の一杯となるだろう。

苦味の設計図:ビタリングホップの役割とIBUの計算

ここで、ビールの味わいを決定づける重要な要素、「ビタリングホップ」の役割について深く掘り下げてみよう。ビタリングホップとは、主にビールの苦味を生み出す目的で使われるホップの総称だ。醸造工程において、麦汁を煮沸する初期段階(一般的には60分間)で投入される。この長い煮沸時間によって、ホップに含まれるアルファ酸が熱エネルギーを受けて化学変化を起こし、水に溶けやすい苦味成分「イソアルファ酸」へと変換(異性化)されるのだ。

この苦味の強さを客観的に示す指標が、IBU(International Bitterness Units)である。IBUはビール中に含まれるイソアルファ酸の濃度をppm(100万分の1)単位で表した数値で、高ければ高いほど苦いビールであることを示す。IBUの値は、使用するホップのアルファ酸含有率、投入量、煮沸時間、そして麦汁の初期比重など、数多くの要素が絡み合って決定される。ブルワーはこれらの変数を緻密に計算し、目指すビアスタイルに最適な苦味のレベルを設計するのだ。クリーンな苦味が求められるピルスナーではIBU 25〜45程度、ホップの個性が爆発するダブルIPAではIBU 60〜100を超えることも珍しくない。

醸造現場でのビタリング戦略:クリーンな苦味を求めて

ビタリングは、ただ苦味を付ければ良いという単純な作業ではない。苦味の「質」こそが、ビールの完成度を大きく左右する。シャープでキレのある苦味か、それとも柔らかく丸みのある苦味か。ブルワーは理想の苦味を実現するために、様々なテクニックを駆使する。

その一つが、ホップの選定だ。アルファ酸の一種であるコフムロンの比率が低いホップ(例えばSimcoeやColumbus)は、よりクリーンで滑らかな苦味をもたらすとされる。逆にコフムロン比率が高いホップ(Chinookなど)は、シャープでキリッとした、時に「粗い」と表現される苦味を与える傾向がある。Murakami Sevenのコフムロン比率は中程度であり、比較的バランスの取れた苦味を生み出すと推測できる。

また、投入タイミングも重要だ。近年注目されているのが、麦汁の煮沸が始まる前にホップを投入する「First Wort Hopping(FWH)」という手法。これは60分煮沸よりも苦味の抽出効率は若干劣るものの、より柔らかく、丸みを帯びた質の高い苦味が得られると言われている。ビタリングホップが持つアロマ成分も一部がビールに残り、味わいに複雑な奥行きを与える効果も期待できるのだ。

日本のテロワールを纏うホップの未来

Murakami Sevenの成功は、単一の優れた品種が生まれたという事実以上の意味を持つ。それは、日本の土地、気候、そして育種家の情熱が結実し、世界に誇る「テロワール」を持ったホップを生み出せるという証明に他ならない。岩手県遠野市のような地域が、ワインにおけるブルゴーニュやボルドーのように、ホップの名産地として世界地図に名を刻む日も遠くないかもしれない。

これまで海外からの輸入に大きく依存してきた日本のクラフトビール業界にとって、高品質な国産ホップの選択肢が増えることは、創造性の翼を大きく広げることに繋がる。ブルワーは日本の風土が育んだ香りをビールに溶け込ませ、消費者はその土地ならではの物語を味わう。Murakami Sevenが切り拓いた道は、日本のクラフトビールがより深く、より多様な文化として根付いていくための、輝かしい一里塚なのである。

この記事は信頼性の高い情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。

よくある質問

Murakami Sevenホップの香りはどんな特徴がありますか?
いちじく、ココナッツ、マスカットのような甘いフルーツ香に、ディルのようなハーブ感やウッディなニュアンスが複雑に絡み合う、他に類を見ないユニークなアロマプロファイルを持っています。
ビタリングホップとアロマホップの違いは何ですか?
ビタリングホップは主に煮沸初期に投入してビールの苦味を付ける役割を担い、アロマホップは煮沸後期や発酵後に投入して香り付けに使われます。アルファ酸の含有量や香りの特性によって使い分けられます。
IBUとは何を表す数値ですか?
IBU (International Bitterness Units) は、ビールの苦味の度合いを示す国際的な単位です。ビールに含まれる苦味成分(イソアルファ酸)の濃度を示し、数値が高いほど苦味が強いことを意味します。

出典

  • 毬花ch: 記事執筆にあたり、毬花chのホップ品種図鑑「Murakami Seven」および醸造用語解説「ビタリングホップ」の概念を参照しました。
  • 各種ホップサプライヤー公開情報: Murakami Sevenの品種データ(アルファ酸、ベータ酸、コフムロン比率など)は、一般的に公開されている情報を基に記述しています。
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