新作IPAの香りの秘密はDip Hopping?海辺醸造所の挑戦

新作IPAの香りの秘密はDip Hopping?海辺醸造所の挑戦

湘南の海風を感じるブルワリー「海辺醸造所」から、春の限定ビール「Spring Haze IPA」がリリースされ、早くも話題を呼んでいます。ABV 6.5%、IBU 40というスペック以上に、グラスから溢れ出す圧倒的なトロピカルアロマが、多くのビアファンの心を掴んで離さないのです。この香りの爆発は、単にホップを大量投入しただけでは実現不可能。その裏には、緻密に計算されたホップへの哲学と、ある特殊な醸造技法が存在しました。

米国のビールメディア『Hop Culture』も「春にはスタウトから、もっと太陽に優しいものへ」と記すように、季節は軽やかでフルーティーなビールを求めています。まさにその需要に応えるかのようなこの一杯。海辺醸造所は、どのようにしてこの驚くべきアロマを実現したのでしょうか。

哲学は「ホップの個性を重ねる」佐藤ブルワーの挑戦

「Spring Haze IPA」の設計を手掛けたのは、ヘッドブルワーの佐藤健介氏。彼のホップ哲学は「個性のレイヤリング(重ね合わせ)」にあります。単一のホップが持つキャラクターを前面に押し出すのではなく、複数のホップが持つ異なる香りの要素を、まるでパレットの上で絵の具を混ぜ合わせるように、複雑で奥行きのある一つの作品へと昇華させるのです。

「一つのホップだけでは表現できない香りがある。例えば、Citraの柑橘感に、Nectaronの核果実の甘みを重ね、Mosaicのベリー感を少しだけ添える。そうすることで、飲むたびに違う表情を見せる、飽きのこないビールが生まれるんです」と佐藤氏は語ります。この思想こそが、海辺醸造所のビールの根幹をなすもの。

NectaronとCitraが織りなす、トロピカルなアロマの設計図

「Spring Haze IPA」の心臓部を担うのは、ニュージーランド産の希少ホップ「Nectaron(ネクタロン)」と、王道の人気を誇る「Citra(シトラ)」です。Nectaronは、パッションフルーツやピーチ、パイナップルのような強烈なトロピカルフレーバーが特徴。一方のCitraは、グレープフルーツやライムといった鮮烈な柑橘香をもたらします。

この二つを主軸に据え、さらにアロマを強化するために「Mosaic Cryo Hops®」を少量添加。Cryo Hops®とは、ホップの香り成分(ルプリン)をマイナス35度以下の極低温で濃縮した製品で、植物由来の雑味を抑えながら、パワフルな香りをビールに与えることができます。この三位一体の組み合わせが、多層的でジューシーなアロマプロファイルの基盤となっているのです。

香りを最大化する「Dip Hopping」という秘密兵器

しかし、最高のホップを選んだだけでは、このIPAの香りは完成しません。海辺醸造所が採用したのが、日本で開発された「Dip Hopping(ディップホッピング)」という技法です。これは、麦汁の発酵が始まる前に、70〜80度程度に管理された麦汁にホップを投入し、一定時間漬け込む手法。

従来のドライホッピング(発酵後や熟成中にホップを投入する手法)では、ホップ由来の青臭さや草のような香り(グリーングラッシーと表現される)が出てしまうことが課題でした。Dip Hoppingは、この好ましくない香りの原因物質が麦汁に溶け出すのを抑えつつ、トロピカルでフルーティーな香り成分だけを効率的に抽出することを可能にします。まさに、ホップの"良いとこ取り"を実現する注目すべき技術。この一手間が、Spring Haze IPAのクリーンで爆発的なアロマを生み出す最大の要因なのです。

ビールを「飲む」から「体験する」へ。フードペアリングの提案

これほどまでにアロマティックなビールは、単体でじっくり味わうのも一興ですが、食事との組み合わせでその魅力はさらに増幅します。佐藤氏におすすめのペアリングを尋ねると、「白身魚のカルパッチョに、少しだけ柑橘を絞ったものが最高ですね」と即答。ビールの持つトロピカルな香りが、魚介の繊細な旨味を引き立て、互いの良さを高め合うといいます。

ほかにも、アスパラガスのグリルにパルメザンチーズをかけたものや、フレッシュなモッツァレラチーズとフルーツトマトのカプレーゼなども好相性。ビールのホップフレーバーが、春野菜の瑞々しさやチーズのクリーミーさと見事に調和します。ビールを飲むだけでなく、食卓全体で春を「体験」する。それこそが海辺醸造所の提案する新しい楽しみ方です。

次なる一手は?熟成ホップへの探求心

「Spring Haze IPA」で現代的なホップ技術の粋を見せつけた海辺醸造所。しかし、彼らの探求心はとどまることを知りません。佐藤氏が次に見据えるのは、「エイジドホップ(熟成ホップ)」の世界だといいます。数年間寝かせることで酸化が進み、チーズや干し草のような独特の熟成香を放つホップ。これを用いて、ベルギーの伝統的なランビックスタイルのような、酸味と複雑味の織りなすサワーエールを造ってみたい、と目を輝かせます。

最先端の技術を駆使する一方で、伝統的な手法にも敬意を払い、常に新しいビールの可能性を模索する。海辺醸造所の次の一杯が、私たちのビール体験をどのように変えてくれるのか。その挑戦から、ますます目が離せません。

この記事は信頼性の高い情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。

よくある質問

Dip Hopping(ディップホッピング)とはどんな技術ですか?
発酵前の麦汁に低温でホップを漬け込む、主に日本で用いられる技術です。これにより、ホップの青臭い香りを抑えつつ、トロピカルでジューシーなアロマだけを効率的に抽出できます。
Cryo Hops®(クライオホップ)を使うメリットは何ですか?
ホップの香り成分であるルプリンを濃縮した製品です。通常のペレットホップより少ない量で強いアロマを付与でき、植物由来の雑味や渋みを減らす効果が期待できます。
Spring Haze IPAのようなジューシーなビールに合う料理は?
白身魚のカルパッチョや柑橘系のドレッシングを使ったサラダがおすすめです。ビールの持つトロピカルな香りが、魚介の旨味やフレッシュな野菜と見事に調和します。

出典

  • Hop Culture: Spring has officially sprung—and so has our urge to swap stouts for something a little more…sunshine-friendly.
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